元銀行員が切り拓く都市型農業の未来 富田弘子の「人を元気にする」アグリタウン
私たちアジアスモールビジネス連盟(ASBF)が主催するBELLA AWARD 2026にて、GRIP賞を受賞された、リッチフィールド株式会社の富田弘子さん。富士銀行(現みずほ銀行)の外国為替部という金融の最前線から、農業の世界へ飛び込んだという異色の経歴の持ち主です。
結婚を機に夫の農場を手伝い始めた彼女が作り上げたのは、農業の力で多様な人たちを元気にし、次世代へバトンをつなぐ、まったく新しい「アグリタウン」でした。地域の課題を解決し、人々に希望を与える彼女の挑戦の軌跡をご紹介します。
都会の真ん中で「作るだけ」の農業に限界を感じて
富田さんが農業の道に入った当初、作物が育つ喜びを日々感じていました。その一方、元銀行員ならではの冷静な目で、農場の将来を見つめていました。神奈川県藤沢市に位置する都市型の環境で、単に作物を生産して販売するだけのモデルを続けていては、いずれ限界がやってくる。そう直感したと振り返ります。
そこで彼女が打ち出したのが、農場を「体験・教育・地域交流の場」として根本から作り変えることでした。農場の名前も「リッチフィールド湘南農場」から「リッチフィールドアグリタウン」へと進化させます。生産地を、人が集まり、学び、楽しめる一つの「街」のように育てていく。その新しいコンセプトを支えるのが、彼女が掲げた3つの「E」という信念でした。
未来を育てる3つの「E」の挑戦
・遊びを通して農業に触れる「Entertainment(エンターテインメント)」
・次世代の農業の担い手を育てる「Education(エデュケーション)」
・自然環境を守りながら持続可能な経営を行う「Ecology(エコロジー)」
農場に一歩足を踏み入れると、最先端の環境制御コンピュータを備えたオランダ型の立派な温室が姿を現します。ここはいちご狩りなどを楽しむエンタメの場であると同時に、敷地内に設立された「Shonan Horti Campus」という学びの場でもあるのです。
初めて施設を見た学生や子どもたちは、「泥だらけになるだけじゃない、こんな最先端の農業もあるんだ!」と目を輝かせます。テクノロジーを活用した新しい農業の形を肌で感じることで、若い世代が自然と農業に興味を持つきっかけを提供しているのです。また、地元の大学生をアルバイトとして積極的に受け入れることで、地域に開かれた意見交換の場も生まれるようになりました。
泥まみれの絶望から生まれた、災害に負けない強さ
もちろん環境にも配慮しています。除草剤を使わず、害虫の天敵となる昆虫を活用することで農薬を減らし、生き物の多様性を大切に守り続けてきました。その結果、今では農場にカエルや野鳥がたくさん訪れる豊かな生態系が蘇りました。国際的な農業基準である「GLOBAL G.A.P.」を12年以上も連続で取得し続けている事実が、その高い安全意識を証明する何よりの証です。
とはいえ、自然を相手にする農業には、想像を絶する困難もつきまとうもの。農場が川沿いにあるため、豪雨による浸水や土砂災害をこれまで何度も経験しました。丹精込めて育てた作物が泥水に飲まれる光景は、言葉にできないほど苦しかったはずです。それでも富田さんは立ち上がりました。復旧のための手順を自らマニュアル化し、写真での記録やスタッフの役割分担などを細かく仕組み化したのです。現在ではそれが立派な事業継続計画(BCP)となり、農場を守り抜く強固な盾として機能するまでになりました。
土に触れ、人が本来の輝きを取り戻す場所
富田さんの農場が持つもう一つの大きな魅力。それは、多様な人を受け入れ、本来のエネルギーを引き出す力です。
農場では外国籍のスタッフも多く働いています。大学で学んだ知識やITの強みを生かして現場の第一線で活躍する頼もしい存在です。一人ひとりの得意分野をパズルのように組み合わせることで、国籍を問わず誰もが輝けるチームを作り上げました。
さらに、藤沢市からの依頼で、障害のある方や引きこもりがちだった若者の受け入れもスタート。部屋に閉じこもっていた若者が、農作業を通して太陽の光を浴び、少しずつ生活のリズムを取り戻していきました。収穫の喜びを分かち合ううちに表情が明るくなり、ついには自信をつけて別の職場への就職を決めた若者も現れました。「農業には人を元気にする力がある」。富田さん自身が日々の経営で実感するその言葉は、説得力があります。
日本の美味しいイチゴを、アジアから世界へ
都市の近くで環境を守り、多様な人を育て、生きる力を与えていく。富田弘子さんが実践するアグリタウンの姿は、これからの農業が目指すべき一つの完成形であり、多くのビジネスに勇気を与えるロールモデルです。
「日本の美味しいイチゴをアジア、そして世界へ輸出したい」
彼女が見据える先は、すでに海を越えた世界。GLOBAL G.A.P.認証という世界基準のパスポートを手に、今後はアジア展開を視野に入れています。人を笑顔にするアグリタウンの挑戦は、これからも力強く進んでいくことでしょう。