「わが子の未来」から始まった農業革命。加藤百合子さんが挑む食とテクノロジーの融合
私たちアジアスモールビジネス連盟(ASBF)が主催するBELLA AWARD 2026にて、株式会社エムスクエア・ラボの代表、加藤百合子さんがアグリ・フードテック賞を受賞されました。
加藤さんは東京大学農学部を卒業後、イギリスで修士号を取得し、NASAのプロジェクトにも参加。帰国後は半導体や産業用ロボットの研究開発という、まさに最先端のテクノロジーの分野で活躍してきました。そんな華麗なキャリアを持つ技術者が、なぜ農業の世界へ飛び込み、日本だけでなくインドの農村まで変えようとしているのか。そこには、2人の子どもを育てる母親としての、未来への強い使命感がありました。
子育ての中で気づいた「食と環境」の危機
2009年、加藤さんは子育ての真っ最中でした。目の前の子どもたちを見つめながら、数十年後の未来を想像したとき、食料や環境の問題が大きな壁として立ちはだかることに気づきます。いくら素晴らしい産業機械を作っても、私たちが食べるものが豊かでなければ、持続可能な社会は作れない。そう考え、テクノロジーの力を農業の現場で生かすため、エムスクエア・ラボを立ち上げます。
はじめは地域の課題に寄り添うシンクタンクとして活動をスタート。現場に何度も足を運び、生産者のみなさんと対話を重ねる中で、農業が抱える複雑なパズルを一つずつ解き明かす日々が始まりました。
運ぶ仕組みを変える「やさいバス」の誕生
農家の声を聞くうちに見えてきた大きな悩みが「物流」の問題です。せっかく美味しい野菜を作っても、宅配便で個別に送れば送料が高くついてしまう。かといって市場にまとめて出すと、今度は価格が安く叩かれてしまう。作れば作るほど苦しくなるというジレンマに、多くの生産者が頭を抱えていました。
この構造を根本から変えるため、2017年に立ち上げたのが「やさいバス」という共同配送の仕組みです。地域の農家とスーパーなどの買い手を直接つなぎ、バスのようにお決まりのルートを回って野菜を運ぶプラットフォーム。出荷する人たちはこの仕組みに参加するだけで、物流の悩みから解放され、適正な価格で野菜を届けることができるようになりました。
この画期的なシステムは、現在では全国13の都道府県に広がり、地域の新しいインフラとしてしっかりと定着しつつあります。
人に寄り添う相棒ロボット「モバイルムーバー」
加藤さんの挑戦は流通の改革だけにとどまりません。コロナ禍を乗り越えた2024年、アグリテックのスタートアップとして「第2の創業」へと大きく舵を切ります。そこで生み出したのが、自社開発の農業ロボット「モバイルムーバー」でした。
世の中には全自動で動く高価なロボットも登場していますが、彼女が目指したのはそこではありません。なぜなら、農業の現場は、工場のようにすべてを自動化できるわけではないからです。だからこそ、高価な自律走行ロボットではなく、農家の人たちと一緒に動き、助け合う「相棒」のような存在が必要でした。
草刈りや除草、農作物の運搬など、用途に合わせてパーツを取り替えられる便利な構造。既存の電動車椅子の技術をベースにすることでコストを徹底的に抑え、「農家に寄り添う道具」として圧倒的な使いやすさを実現しました。現場で本当に求められるものを形にする、技術者としての愛と知恵が詰まった一台といえるでしょう。
培った知見をインドの広大な大地へ
彼女の想いはついに海を越え、インドへと広がっています。インドを訪れた時のこと。そこには日本の何倍もの規模で広がる巨大な農業市場と、土壌の疲弊をはじめとする深く複雑な課題が横たわっていました。
「市場も大きく、人も多い。ここで私たちが農業事業をやるべきだ」
そう直感した加藤さんは、インドに法人を設立。イチゴの栽培や有機農業の普及、さらには土壌を良くする技術の導入から、モバイルムーバーの現地生産に向けた動きまで、日本の現場で培ってきた知見を次々と持ち込みました。
行政や民間の一社だけでは解決できない複雑な問題も、ビジネスの力で関係者を巻き込み、形にしていく。日本で磨き上げたその「実行力」が、今インドの広大な大地に新しい風を吹き込んでいる最中です。
地に足を付け、仲間を増やしながら進めていく
「農業の世界では、地に足を付け、仲間を増やしながら進めていくことが重要です」
加藤さんのこの言葉に、エムスクエア・ラボの強さがすべて詰まっています。生産者の収入を上げ、物流の壁を越え、人手不足を技術で助ける。地域課題の解決案を企画するだけでなく、それが事業として自走するまでの厳しい道のりを幾度も乗り越えてきました。
テクノロジーの最先端を知る技術者が、誰よりも土にまみれ、現場の人々と肩を組んで歩む姿。日本、そして世界を持続可能な未来へと導く加藤百合子さんの挑戦は、日本の女性経営者にも勇気を与えることでしょう。