蚕と人が織りなす「癒やしの絹」で町を再生 松井紀子さんが描く未来のシルクリゾートとは
私たちアジアスモールビジネス連盟(ASBF)が主催するBELLA AWARD 2026にて、富山県南砺市城端(じょうはな)の株式会社松井機業代表取締役、松井紀子さんが日本代表に選ばれました。
町で唯一残る絹織物会社を営む松井さんは、2025年にForbes JAPANのカルチャープレナー30にも選出された、いま注目を集める起業家の一人です。
東京でファイナンシャルプランナーとして活躍していた彼女が、なぜ地元に戻り、衰退しつつあった絹織物の世界に飛び込んだのか。そこには、450年続く地域の文化を未来へつなぎ、現代の人々を優しく癒やす「絹の新しい可能性」がありました。
東京の金融業界から、450年続く絹の町へ
富山県南砺市城端は、かつて加賀藩の「御用絹」として栄えた歴史ある絹織物の町。仏教の教えとともに養蚕や織物の技術が伝わり、豊かな文化が花開いた場所です。
しかし、松井さんが2010年に東京から故郷へ戻り、家業を継いだとき、町は厳しい現実と向き合っていました。時代の波に押されて機屋(はたや)は次々と姿を消し、絹織物は斜陽産業と呼ばれ、地域が大切に守ってきた文化そのものが消えかけていたのです。
このままでは、城端の絹文化が途絶えてしまう。松井さんは強い危機感を抱き、伝統をただ守るのではなく、現代の暮らしに合わせて再生させるための長い挑戦をスタートさせました。
3パーセントの奇跡。「しけ絹」に宿る優しいエネルギー
松井機業のものづくりを語るうえで欠かせないのが、「しけ絹」と呼ばれる特別な素材。
通常、1頭の蚕(かいこ)は1つの繭(まゆ)を作ります。しかし、ごくまれに2頭の蚕が寄り添い、力を合わせて1つの繭を作ることがあります。その確率はわずか3パーセント以下。この珍しい繭から引いた糸は太さが不均一で、織り上げると独特の美しい模様が生まれます。
「2頭の蚕が一緒に繭をつくる姿に、『みんな共に』という力強いエネルギーが宿っていると感じています」
効率を求めれば規格外として弾かれてしまう素材に、松井さんは命の温もりと無限の可能性を感じました。このしけ絹こそが、同社の象徴として人々を惹きつける原動力となっていきます。
土をつくるところから、ゼロからの養蚕づくり
世界的に養蚕農家が減少するなか、松井さんは2016年、地域の人々を巻き込んで大きな決断を下します。それは「自分たちの手で蚕を育てる」という原点回帰でした。
まずは土づくりから始め、桑の木を植えるための植樹祭を開催。蚕を育て、糸を取り、織り上げる。すべては、かつて町にあった絹の循環を、もう一度地域に取り戻すためです。
現在松井さんは、文化財の建物「SHAREじょうはな織館」を拠点に、地元の小学生に染色体験やワークショップを実施。子どもたちが地域の文化に触れ、目を輝かせる場を作ることで、次の世代へバトンを渡せる環境をつくっています。
絹は「薬」だった。現代の心身を整えるブランドの誕生
松井さんの挑戦は、ものづくりの枠にとどまりません。絹が持つ本来の力を現代に届けるため、シルクブランド「JOHANAS(ヨハナス)」を立ち上げました。
「奈良時代、絹は人の身体に優しいものとして、薬のように重宝されていました」
実は松井さん自身も、シルクを身にまとうことで体調が整っていった経験があります。繭の中で蚕が快適に過ごせるよう、絹には優れた調湿性や保温性が備わっており、これが関係しているのではないかと松井さんは考えています。
その特性を活かし、シルクのアイマスクや枕カバーなど、女性の心身を整えることを目指すライフスタイル商品を開発。このブランドは口コミで広がり、今では国内外に多くの熱狂的なファンを生み出しています。
人と蚕と地域がよろこぶ、未来の「シルクリゾート」へ
「人のよろこび、蚕のよろこびを自社のよろこびとする」。松井機業の根底に流れる理念です。
自然に還る生分解性の高い絹を用い、土壌や環境に負担をかけない循環型の生産を続ける。利益だけを追い求めるビジネスとは一線を画す、ビジネスの未来の姿があります。
彼女が次に思い描く構想は「シルクリゾート」の実現です。ベッドシーツ、パジャマ、壁紙、照明、カーテン。空間のすべてを絹で包み込み、訪れた人が心から癒やされ、元気を取り戻して旅立っていくような場所を作る。松井さんの熱い想いに、共感の輪が少しずつ広がっています。
富山の小さな町から始まった、一本の糸を紡ぐ物語。伝統という縦糸に、現代のウェルビーイングという横糸を掛け合わせた松井さんの挑戦は、これからも世界中の人を優しく包み込んでいくことでしょう。